アウトドアライター高橋庄太郎さんがTEMPO FLEX MID WPをレビュー
アウトドアライター・高橋庄太郎さんが日本二百名山 比良山系・武奈ヶ岳(滋賀県)で<TEMPO FLEX MID WP>をテストしてくださいました。
寄稿・写真:高橋庄太郎
テンポ フレックス ミッド ウォータープルーフ(以下、テンポミッド)のテスト時は、強風・低温、小雪混じりという天気。柔らかさと軽さが売りのテンポには少々ハードなシチュエーションかもしれなかった。
しかし、だからこそ本当の実力がわかるともいえる。
では、早速テンポミッドのディテールを見ていこう。
このシューズの最大の特徴は、アッパーの上部につけられた蛇腹状の「KEEN.BELLOWS FLEX」。いかにもよく曲がりそうなルックスだが、一方ではかなりソフトそうな素材でもあり、強度が保たれているのか少々心配だ。
この部分から破損してこないか、少し気になる。だが実際に触ってみると、見た目以上に丈夫そうであり、心配する必要はなさそうだ。
テンポミッド最大の特徴である、この「KEEN.BELLOWS FLEX」の部分だが、履き始めた当初は「カクッ」と少々ぎこちなく曲がる感じが気になった。しかし、1時間も歩いているうちに素材が馴染んできたのか、スムーズに曲がるようになり、それ以降は普通のシューズのように違和感はない。
伸び縮みする蛇腹の構造だけに、この部分の屈曲性は確かによい。このような工夫は、これまでのシューズに“ありそうで、なかった”もので、非常にユニークだ。
ただ、アッパーの素材を薄くして柔軟性を高めたローカットなどのシューズと比べると、特筆すべきほどの屈曲性ではないともいえる。しかし、「KEEN.BELLOWS FLEX」の部分以外は張りのあるアッパーを使ったシューズとしては、かなりの屈曲性を実現しているのは間違いないようだ。
アウトソールはそれぞれの突起の間が広く、厚みは抑えられている。だから、ソールが反り返りやすい。これも屈曲性のよさを向上させているポイントだ。また、シューズが軽量になるメリットもありそうである。
このようにいくぶん平面的なソールだが、一般的な登山道では十分にグリップした。
ただし、下の写真のように落ち葉が積もった斜面を登ろうとすると……。
ソールの突起が浅いために、つま先だけでは地面をとらえきれず、少々滑りやすい。
しかし同じような場所であっても、トラバースするような状況ならば、予想以上に滑りを抑えてくれる。
シューズ全体の屈曲性がよいために、ソール全体が地面に接し、しっかりとグリップしているからだろう。
一方、木の根や石の上でのグリップ感は、やはり土とは異なる。
写真が少々わかりにくくて恐縮だが、下の2枚の画像はどちらも写真の上のほうに向かって高くなっていると考えてほしい。
そんな状態の木の根の上に足を置いた際、左上の写真のように横向きに体重がかかった状態は少し滑りやすい感じだ。だが、右上のように縦向きに体重がかかる状態であれば、しっかりと止まり、体重をかけられる。突起があまり高くない(出っ張っていない)テンポのソールには、このような特徴がある。
こんなソールの特性を頭に入れておくと、滑りやすい濡れた石の上でもスリップを抑えることができ、快適に歩けるはずだ。
さて、山中では木の根や岩以上に滑りやすいのが、自然の地形以上に凹凸が少ない“木道”のような場所だ。とくに風雨にさらされて劣化が進んだ木面はツルツルしていて、急峻な岩場よりも事故を起こしやすいくらいである。
今回のルート上には長い木道はあまりなかったが、木でできた橋があった。そこで恐る恐る試してみたところ……。
おおっ、予想よりも格段に滑らない! 僕がかつて履いていた旧モデルのキーンならば、おそらく滑っただろうが、テンポミッドのソールは木道を充分にとらえていた。もちろんもっと苔むした木道では滑りを抑えきれかもしれないが、これはうれしい進化だ。
ソールの滑り具合を“泥っぽい場所”でも確かめてみる。ひとくちに泥っぽいといっても雨などの量によって状況は大きく変わり、簡単には判断できないが、テンポミッドのソールの突起は泥に食い込む感覚があり、おおむね良好だ。
だが、同時に弱点もないわけではない。
具体的に言えば、ソールに泥が付着しがちなのである。テンポミッドのソールは突起以外の部分(へこんでいる平面的な部分)がかなり広く、その部分に粘着質の泥が張り付きやすいからだと思われる。
ソールの形状によっては、泥が付着したくらいではそれほどグリップ性は低下しないこともある。だがテンポのソールは凹凸が抑えられていることもあり、滑りやすくなるのは否めない。
もっとも、泥っぽい場所を脱出し、乾いた地面の上を歩いているうちに、ほとんどの泥は落ちていく。これもソールが平面的で、突起が深くないという形状だからだ。
要するに、「泥が付きやすいが、落ちやすくもある」ソールだということ。泥が多い場所を歩く際は、そのことを念頭に置き、早めにソールから泥が落ちるように乾いた場所を選んで歩くとよいだろう。
以前、僕がキーンのシューズに持っていたイメージは“滑りやすい”ということで、濡れた場所を歩くときは、転ばないように、転ばないようにと、細心の注意を払っていた。しかし、このテンポミッドを含む近年のシューズはアウトソールの機能性が飛躍的に高まり、昔のような心配がなくなった。喜ばしいことである。
ただし、長く履き続け、ある程度ソールが摩耗してきたとき、初期のグリップ性がどれほど残されているのか? そのあたりは今回のテストでは判断できず、もっと使用し続けてみないとわからない。
防水性も問題がない。泥以上に湿ったぬかるみや水たまりのなかに長時間立っていても、シューズ内への水の浸透は一切なかった。
ソールのグリップ力と同様、どれくらいの期間、防水性が保たれるのかは、今回のテストでは判断できない。だが、初期性能としては十二分だ。
防水性は問題ないものの、アッパーの表面の生地には泥水が浸透した。これはテンポミッドの撥水加工がPFCフリー(環境汚染の原因になる過フッ素化合物を使用しない)のため、撥水性がいくらか低いからのようである。
人によっては、もっと撥水性が高いほうがよいと思うかもしれないが、環境へできるだけ負担を与えないためには、これくらいは仕方がないのではないだろうか。テストに使用したシューズは薄いグレーということもあり、歩行中は汚れが目立ったが、帰宅後にブラシで簡単に洗い流すことができたことを付け加えておきたい。
歩行性は上々だ。程よいホールド感があるかかと部分と、厚みを持たせたミッドソールのおかげで、体重を支える力は高いようだ。
シューズ内部には、一般的なEVA素材よりもクッション性が長持ちするというポリウレタンのフットベッドが敷かれている。柔らかく体重を受け止める効果があり、ポップなデザインもかわいらしい。
ライト感を重視したシューズだけあって、つま先部分の衝撃吸収性は少々頼りない気もする。岩などを強く蹴ってみると、その衝撃がわりとダイレクトに伝わってくるのだ。
また、ミッドカットシューズであるテンポミッドは、足首部分でシューズを固定する力は限定的であり、そのために足全体が前にずれやすい。そのことも岩を蹴ったときの衝撃吸収性の低さにつながっているようである。もっと衝撃吸収性が高いシューズのほうが好みの方は、今回同時発売されるリッジ フレックス ミッド ウォータープルーフなどをお薦めしたい。
通気性も上々だった。気温が低い時期のテストだということを差し引いても、蒸れはとても少ない。
メッシュ素材の使い方や、アッパーの素材、メンブレンの透湿性の高さもあるだろうが、アッパーの丈を抑えたミッドカットモデルゆえに、シューズ上部からも湿気が逃げやすいからだろう。
僕がもっともうれしかったのは、“フックと靴紐の関係性”が改善されている点だ。
以前のキーンのトレッキング用シューズは、歩行中に「靴紐がフックに引っかかって歩きにくくなる」ことがときどきあった。もう少し具体的に説明すると、歩いているときに右のシューズの靴紐が左のシューズのフックに引っかかって(その反対もあり)、足の動きが妨げられることがあった、ということである。
しかしこの問題、もはやテンポミッドには当てはまらない。フックが引っ掛かりにくい形状になっているだけではなく、靴紐もひとまわり太くなっており、よほどのことがなければ引っかかることはないのだ。以前のような歩行中の不安がなくなり、すばらしい改善だ。
さて、最後に総合的な感想を。
テンポミッドはミッドカットモデルではあるが、実際に歩いてみたときの感覚はローカットに近い。それくらい柔軟で軽量に感じるシューズだ。蛇腹状の構造を持つ「KEEN.BELLOWS FLEX」という新機軸の工夫と、そしてアッパー自体が非常に柔らかいことが主な理由だが、アキレス腱部分のアッパーを低くカットしてある点も大きく貢献している。
見方を変えれば、ミッドカットとしては足首が保護されている感覚が少ないともいえる。しかしクッション性を持つアッパーにより前方と左右へのブレは程よく抑えられ、やはりローカットタイプよりも捻挫などを防止する効果は高そうだ。
つま先部分の衝撃吸収性はあまり期待できないので、岩場が続く場所では、先に述べたリッジフレックスミッドウォータープルーフのような強度が高いシューズのほうがいいだろう。だが、森のなかを延びる登山道や、比較的整備が行き届いた低山のトレイルを歩きたいときは、テンポミッドの出番だ。このシューズの屈曲性のよさ、柔軟性の高さ、そして軽量性は、疲れを減らして軽快に行動したい人には非常に適しているのではないだろうか。
今回登った山:日本二百名山 比良山系・武奈ヶ岳(滋賀県)
高橋庄太郎(アウトドアライター)
高校の山岳部で山歩きをはじめ、出版社勤務後にフリーランスのライターに。著書に『山道具 選び方、使い方』『テント泊山行の基本』など。近年はアウトドア系ウェブメディアでの連載やイベント出演が多く、アウトドアギアのプロデュースも行っている。Instagram:@shotarotakahashi